
講師 舩越 園子
フリーライター
東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。
百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。
在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。
『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。
アトランタ、フロリダ、NY、ロサンゼルスを経て、現在は日本が拠点。
今年5月に開催されたPGAツアーの大会、トゥルーイスト選手権で、オーストリア出身の32歳、セップ・ストラカが優勝した。
この大会は破格の賞金総額2000万ドルが授けられるシグネチャー・イベントの1つで、トッププレーヤーたちが集結していた。
最終日は世界ランキング2位のローリー・マキロイやメジャー覇者のジャスティン・トーマス、日本の松山英樹も優勝争いに絡んでいたが、「僕はスター選手でも有名選手でもない」と語っていたストラカが、強豪たちを抑え込んだ勝ちっぷりは、実に見事だった。
ストラカはオーストリア出身だが、幼少期に家族で米ジョージア州へ移住。大学も地元のジョージア大学へ進み、カレッジゴルフで大活躍。2016年にプロ転向し、2019年からPGAツアー参戦を開始した。
初優勝は2022年のホンダクラシックだった。翌2023年にはジョンディア・クラシックを制して2勝目を挙げ、今年は1月のザ・アメリカン・エキスプレスで勝利して3勝目をマーク。そして5月のトゥルーイスト選手権でも勝利を挙げて今季2勝目、通算4勝目を達成した。
PGAツアーで未勝利だったころのストラカは、世界ランキングでは200位にも入らず、まったく目立たない選手だった。
転機が訪れたのは、スイングコーチのジョン・ティレリーに師事し始めた2021年。
「ジョンのおかげで、僕のアイアンショットは激変した。ジョンとの出会いはビッグチェンジの始まりだった。心から感謝している」
トゥルーイスト選手権の優勝によって、ストラカはキャリア初の世界ランキング・トップ10入りを果たした。しかし、ストラカは世界ランキングがアップしたことを喜びつつも、自分がゴルフをする意味は「他にある」と強調する。
それでもゴルフはできる
ストラカには、サムという双子の兄がある。「僕のほうが2分だけ早く生まれたから、僕のほうが年上だ」と、サムは兄を自称。
双子の兄弟は、幼いころから一緒にゴルフの腕を磨き、最初のうちはサムのほうが成績は上を行っていたそうだ。
あるとき、サムは糖尿病(タイプ1)だと診断され、双子であっても、弟は糖尿病ではないことが確認された。
それでも、兄のサムは「糖尿病を抱えていても、ゴルフはできる」と気丈だった。弟も「そうだ。きっと大丈夫。ゴルフはできる」と心から応援した。
ストラカ兄弟がそう信じることができたのは、やはり糖尿病でありながらPGAツアーで果敢に戦っていたスコット・バープランクという選手の存在があったからだった。
バープランクは大学時代にアマチュアにしてPGAツアーで1勝を挙げ、プロになってからも、さらに3勝、通算4勝を挙げた名選手だ。糖尿病であることを公表し、「それでも僕は、戦うし、戦える」と語ることで、同じように糖尿病と向き合う全米、いや世界中の人々に勇気と元気を贈り続けていた。
ストラカ兄弟も、そんなバープランクに刺激され、「僕らもバープランクみたいなPGAツアー選手になろうと2人で誓い合いながら、ゴルフの練習を続けてきた」。
兄弟揃ってジョージア大学ゴルフ部に所属。しかし、プロの世界へ進み、PGAツアー選手になったのは、弟のストラカだけだった。ちなみに、PGAツアー・メンバーになったオーストリア出身選手は、ストラカが史上初で唯一。PGAツアーで勝利を挙げたのも、ストラカだけである。
ルーキーイヤーだった2019年の秋、ストラカはRSMクラシックの「バーディー・フォー・ラブ」というチャリティ競技で2位になり、寄付が前提とされている15万ドルの賞金を得た。ストラカ兄弟は、その15万ドルをバープランクが主宰する財団へ寄付した。バープランクの財団は、糖尿病のカレッジ・アスリートに奨学金を支給する活動を行なっている。
ストラカ兄弟は長年、バープランクに憧れ続けてきたものの、彼らが大学生のころにバープランクが第一線から引退してしまったため、直接会ったことは一度も無かった。
しかし、たとえ面識が無くても、「僕の賞金を役立ててほしい」という言葉を添えて寄付したところ、バープランクから速攻でお礼の電話がかかってきたそうだ。
「ありがとう。素晴らしいことだ。これからは、僕がキミのファンになって応援させてもらうよ」
実際、その後のバープランクは、PGAツアーのアプリを開くたびに、ストラカのスコアや順位を追いかけ、「一番のファンと化している」という。
夢をあきらめないで!
2021年に開催された東京五輪にストラカはオーストリア代表として参加。その際、彼のバッグを担いだのは、兄のサムだった。
その後も、ストラカとサムは、糖尿病患者とその家族を支援するための活動や機会を見つけては、積極的に参加している。
かつてPGAツアーで2勝を挙げた選手で、現在は「フォア!キッズ・ファウンデーション」という子ども支援財団のCEOを務めているブライス・ガーネットとも親交を深めている。
PGAツアー選手が2人1組のペアで戦うPGAツアー唯一のチーム戦、チューリッヒ・クラシック・オブ・ニューオーリンズの今年の大会には、ストラカはガーネットとペアを組んで出場し、12位タイに食い込んだ。
「僕にできることは何だってやる。糖尿病と向き合って生きている人々に、夢をあきらめずに前を向いてもらうために、最大限の努力をしたい。そのために僕はゴルフをやっている。そのために僕はPGAツアーで戦い、『頑張れ!』『諦めないで』と広く呼びかけようとしている。それが、僕がゴルフをする意味だ」
弟のため、多くの糖尿病患者のために、今日も明日もゴルフクラブを振り、エールを送るストラカ。
私はそんな彼にエールを送りたくなった。