記事・コラム 2022.07.15

ゴルフジャーナリストが見た、プロゴルファーの知られざる素顔

【第61回】一人の少年を讃えたフリートウッドの想い

講師 舩越 園子

フリーライター

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。
百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。

在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。

『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。

アトランタ、フロリダ、NY、ロサンゼルスを経て、現在は日本が拠点。

2019年9月に英国の名門ウェントワースで開催されたDPワールドツアー(欧州ツアー)のビッグ大会、BMW―PGAチャンピオンシップの2日目のこと。

キャップの下からはみ出した“ロン毛”と優しい笑顔がトレードマークの英国人選手、トミー・フリートウッドは、自身のプレーを終えた後、18番グリーンに一人の少年を招き入れた。

フリートウッドは大観衆に向かって、「みなさん、彼は12歳。アーチー・クェルトゥルーくんです」と、大きな声で少年を紹介し始めた。

「アーチーくんは、親友を事故で失い、残された遺族への寄付を募るため、24時間ゴルフをし続ける“チャリティ・ゴルフ・マラソン”を5日間も行なって、何千ポンドという寄付金を集め、遺族に贈りました。とても勇気ある行ない、とても素晴らしい行動だと思います。そんなアーチーくんに僕は心からお礼が言いたくて、彼をこの場に招待しました。そして、彼と彼の行ないをみなさんに紹介したいと思いました」

そう言い終えると、フリートウッドは少年の手を固く握り締め、「サンキュー!サンキュー!」と何度もお礼を言った。

言うまでもなく、フリートウッドは、アーチーくんとも、事故で亡くなった彼の親友とも、知り合いだったわけでも何でもない。

アーチーくんがゴルフ・マラソンで集めた寄付金が、フリートウッドや彼の関係者に贈られたわけでは、もちろんない。

だが、とにもかくにもフリートウッドはアーチーくんの行動に感銘を覚え、「誰かのために素晴らしい行動を示してくれたことに感謝の念を抱かずにはいられない」と感じたからこそ、この少年に「ありがとう」と言い続けたのだ。

そして、フリートウッドはアーチーくんを同じ試合に出場していたローリー・マキロイやシェーン・ローリーといったメジャー・チャンピオンたちにも引き合わせ、アーチーくんは憧れのスター選手たちと握手を交わしながら夢のようなひと時を過ごした。

さらにフリートウッドは、アーチーくんを練習場へ連れて行き、小1時間、ゴルフの個人レッスンも授けた。

「わずか12歳にして、5日間もゴルフをし続けたアーチーくんの行動を、僕はできる限りのことをして讃えてあげたい」

そんなフリートウッドとアーチーくんの姿を目にした欧州ツアー財団は、「これからもさまざまなチャリティ活動を行って誰かの力になりたい」と言ったアーチーくんを支援するため、2000ポンド(約33万円)を彼に寄贈したそうだ。

幼少期の思い出

事故死した親友の遺族のためにゴルフ・マラソンというチャリティ活動を実際に行なったのはアーチーくんだが、アーチーくんの素晴らしい行動を讃え、その行動を人々に広め、認知や理解を広げたのはフリートウッドだった。

社会貢献には、いろいろなやり方があっていい。直接アクションを起こす方法がある一方で、誰かが起こしたアクションに共感し、賛同し、背後からサポートすることも、立派な社会貢献である。

英国のゴルフのメッカ、サウスポートで生まれ育ったフリートウッドは、幼いころからゴルフクラブを握り、めきめき腕を上げていった。だが、彼の家庭が経済的に恵まれていたかと言えば、そうではなく、練習の場は地元のムニシパル(公営)の庶民的なゴルフ場だけだったそうだ。

フリートウッドの父親は、そんな息子に英国の一流コースでプレーする感覚を少しでも味わわせたいと思い、父子は格式高いロイヤル・バークデールに夜な夜な忍び込み、こっそりプレーした日々もあったのだそうだ。

そんな幼少時代を過ごしたからこそ、フリートウッドは、懸命に頑張っていた少年に視線を向けたのだと私は思う。

昼間はムニシパルのゴルフ場で練習を重ね、夜にはロイヤル・バークデールでこっそり球を打ったフリートウッドは、やがて英国屈指のジュニア、アマチュアゴルファーとなり、数々のタイトルを獲得後、2010年にプロ転向した。

2011年には欧州チャレンジツアーのカザフスタン・オープンを20歳で制し、史上最年少優勝を飾ると、2013年にはDPワールドツアーのジョニー・ウォーカー選手権で初優勝、2017年にはアブダビHSBC選手権で2勝目を達成した。

その年の全英オープンの舞台は、あのロイヤル・バークデールだった。フリートウッドは幼少時代からほぼ20年の歳月を経て、思い出の地で予選通過を果たし、うれし涙をこぼした。

2017年は世界選手権のメキシコ選手権で2位になり、全米オープンでは4位に食い込んだ。世界ランキングでは初のトップ10入りを果たし、年末には欧州のポイントレース、レース・トゥ・ドバイで1位に輝き、「欧州一のプレーヤー」と讃えられた。

2018年からはPGAツアー(米ツアー)にも正式メンバーとして参戦を開始。全米オープンでは優勝争いを演じたが、惜敗に終わった。

以後、レギュラー大会でもメジャー大会でも何度も優勝争いに絡んだが、欧州を含む世界では6勝を挙げていながら、PGAツアーでは今なお未勝利。

そんなフリートウッドは「グッドプレーヤーでありながら勝利がない選手」の筆頭に挙げられている。

フリートウッドの想い

プロゴルファーである以上、優勝を目指していることに違いはないが、「勝つことだけがすべてではない」とフリートウッドは言う。今年31歳の彼は、妻クレアが連れてきた2人の子どもと、結婚後にクレアとの間にできた息子の3人の父親でもある。

「プロゴルファーである前に、夫として父親として誇れる人間でありたい。もちろん、プロゴルファーとしても胸を張れる存在でありたい」

2019年に「トミー・フリートウッド・ゴルフ・アカデミー」を故郷に設立。自身の子どもたちも、見知らぬ子どもたちも、「ゴルフが好きな子どもたちが存分に練習できるように」という彼の願いが込められている。

「ゴルフを愛する子どもたちが、夜な夜な、どこかに忍び込んだりしなくて済むようにしてあげたい」

きっと、フリートウッドのそんな想いも込められているのではないだろうか。